冬至にかばちゃとゆず湯の話題を書きましたが、実は毎年冬至に行っていることがもう一つあります。私が毎年行っていることは、「年筮」をたてることです。
本当は、「年筮」は冬至に行うのが正式なのですが、諸々の事情で忘れてしまったり、出来なかったりするので私は、年末までの恒例行事にしています。
「年筮」とは、ずばり易を立てること。「年筮をたてる」ことは冬至(陰至る)の日に来年(節分より1年)を占うことをいいます。
易とは、私たち鍼灸師が勉強する東洋医学の哲学の元になる陰陽を表した起源となるものとされています。
あらゆる事物・現象を「 陽 ― 」と「 陰 - - 」であらわし、万物はみな気なりという思想です。
勉強をしていくと、なるほどと当てはまることが多くとても興味深いものですが、逆を言うと奥が深く当てはめることがうまく理解できないことも多々あります。まぁそれが人生と言ってしまえばそうなんですが・・・
しかし、今の私の考え方の根底にあることは確かですので、今後も精進して勉強していきたいと思っています。
本当は、「年筮」は冬至に行うのが正式なのですが、諸々の事情で忘れてしまったり、出来なかったりするので私は、年末までの恒例行事にしています。
「年筮」とは、ずばり易を立てること。「年筮をたてる」ことは冬至(陰至る)の日に来年(節分より1年)を占うことをいいます。
易とは、私たち鍼灸師が勉強する東洋医学の哲学の元になる陰陽を表した起源となるものとされています。
あらゆる事物・現象を「 陽 ― 」と「 陰 - - 」であらわし、万物はみな気なりという思想です。
勉強をしていくと、なるほどと当てはまることが多くとても興味深いものですが、逆を言うと奥が深く当てはめることがうまく理解できないことも多々あります。まぁそれが人生と言ってしまえばそうなんですが・・・
しかし、今の私の考え方の根底にあることは確かですので、今後も精進して勉強していきたいと思っています。